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CATEGORY : サルサ人インタビュー
【サルサ人インタビュー】日本サルサ協会 武永実花さん Part.2
DATE : 2009-11-14-Sat  Trackback 0  Comment 0


Part.2:サルサを長く楽しめる
モチベーションを提供したい!


【amigoken】
---では、日本サルサ協会の具体的な活動内容について伺っていきたいと思います。


MIKA:
そもそもなんですが、サルサの良いところっていうのは、簡単にとりかかれて、なおかつ遊びにいきたいと思ったら踊りにいける場所がたくさんあるっていうところじゃないですか。

他のダンスだったら、ちょっと踊れるようになるのもすごく時間がかかるし、習うにしても半年ぐらいはレッスンを受けないと遊びにいくってところまでならないですし。サルサだと服装も割とカジュアルで、いちいち事前にチケットを買っておかなくてもいいし、料金も安いし。それでいてスペイン語や英語が飛び交って、すごくインターナショナルで楽しいものだと思うんですよね。

HIPHOPや社交ダンスも色んな国でイベントはありますけど、出られる人ってすごく限られる。サルサだと生徒さんレベルでも出場することができる。そういう楽しさっていうのは日本サルサ協会としても残していきたいと思っているんです。よく誤解されるのは、「日本サルサ協会がクラブサルサを潰そうとしてる」みたいに言われるんですけど、そんなことは全然なくって(笑)。

クラブサルサはあって当然だと思いますし、そこでは一般の人が楽しく踊る。一方で、プロだったらアートとして発表できるレベルの場っていうも必要で、その中間に生徒さんレベルも参加できるステージイベントがあるっていう、そういうピラミッド的な形をきちっとつくれれば、それぞれのモチベーションが持ちやすいと思うんです。


---確かに、サルサって色んな楽しみ方がありますから、モチベーションの持ち方もそれぞれですよね。

MIKA:
その一つとして「検定」というのを考えています。
これは来年からやっていきたいのですが、例えば、英会話だと「しゃべりたい」っていう人と「海外にでたい」っていう人と、英検みたいなのを受けるために「勉強としてやりたい」っていうように、色々な目的の人がいるじゃないですか。それと同じで、日本人にとっては「検定」ってモチベーションをキープするのに良い方法なんですよね。

現状だと、ある程度踊れるようになると「クラブで踊れればいいや」って思ってレッスンをやめ、さらに時間が経つとサルサから離れていってしまう人が多いんですよね。「結婚したから」とか色んな理由がきっかけで。

そこで、検定ってものがあることで、クラブで踊るだけじゃない「ここまではやった」っていう目標があれば続けてもらえるかなっていうのがあって。


---チームに入って、パフォーマンスを目標に練習するっていう道もありますよね?

MIKA:
そうですね。
逆説的にいうと、あれだけ各チームができるっていうのは、チームをつくらないと生徒さんのモチベーションをキープできないからとも言えますね。

今、プロの人たちにとってすごく大変なのが、何か発表会とかを目指すチームをつくらないと、結局のところ自分達の生計にかかわるんですよね。だからあれだけ色んな人たちがクローズドクラスっていうのをやっているわけですね。

プロの人たちが踊ることによって宣伝するのは良いと思うんですけど、さらにイベンターもやらなきゃいけない、振付師もやらなきゃいけない、ダンサーもやらなきゃいけない、インストラクターもやらなきゃいけないっていうと、他の業界ではそれぞれ全て別々の職業ってなってるぐらいですから、本当に負担が大きい。負担が大きいと、結局のところ自分達のダンスが犠牲になってしまう・・・っていう構造的な課題があるんです。

プロの人たちもやっぱりまずは自分達が生活をしていくことが大事ですから、日本のほとんどのサルサダンサーの人って、いつしか「ダンサー」じゃなくて「インストラクター」になっちゃうんですよね。
他の業界では一般に「ダンサー」と呼ばれる人たちの方が、その世界を宣伝していく人たちで、このままだと「こういうのがサルサですよ」と言える人たちがいなくなってしまう。

説明が長くなってしまいましたが、つまり協会としてはダンサーはダンサーとしての道を突き詰めていけるよう、バックアップしていき、一般の生徒さんに対しても「検定」というものを提供して、モチベーションを保てるようにしますよっていうことなんです。そうしたサポートがあれば、ダンサーはもっと自分のレベルアップのために時間がとれる・・・そうすれば、日本のダンサーのレベルがもっと上がるでしょうし、ダンサーのレベルupに伴って、クラブダンスのレベルの底上げにもつながると思うんです。


---検定には、そういう狙いもあったんですね。
クラブレッスンもあれば、検定向けのレッスンもある、そしてパフォーマンス向けのチームレッスンもあると。一般の人にとっては選択肢が広がりますね。


MIKA:
そうなんです。サルサ業界には「全体でこういうのがあります」っていう道を前もって示しておいて、生徒さんたちには「自分はコレをやりたい!」って選んでもらえるようになればと思います。


---協会を設立したことによって、MIKAさんの念願の学校への働きかけもできますね。

MIKA:
はい。今はまず大学レベルから、各大学に働きかけをしているところです。これも来年の話なんですけど「学生連盟」みたいなものを立ち上げませんかと提案をしているところです。

サルサのサークルは早稲田・慶応・明治etcで増えてきたところですけど、まだ私的なサークルで、学生達も「サルサは今はやるけど、ずっと続けるものじゃないから」みたいな感じになってるみたいで。他のダンス系のサークルとはモチベーションの持ち方が違うみたいなんですよね。

なので、まずは学生連盟みたいなのを作って、全国の大学対抗のコンペを開催したりですとか、ちょっと体育会のノリなんですだけど、とにかく大学生の間でサルサが盛り上がってくれれば、その後に続いてくれると思いますし、それがだんだんサルサの広がりになってくれるんじゃないかなって。

とはいえ、若いダンサーたちが日本のサルサをリードしてくれるようになるまで、10年ぐらいはかかるんじゃないかなって思いますけどね。それがもっと早く5年くらいになってると嬉しいですね。

また、今後ダンサーになる人、インストラクターになる人、振付師になる人ってそれぞれ違うテクニックが必要だと思うので、それらを上手く仕分けられるようにしたいですね。そうすることによって、それぞれの専門分野にもっと集中できるようになるので。


---日本サルサ協会としての直近の活動といえばJAPAN CUPですね。

MIKA:
そうですね。協会として、まずとりかかれることとしては、競技会(全日本サルサダンス選手権大会 〜JAPAN CUP)を開催してダンサーをサポートしていくことです。

競技会で優勝し、日本代表に選ばれたら賞金もでますし、その後の1年間は日本代表としてサルサ界の中だけでなく、外の世界にでてもらいたいと思います。
ただ、当然それには責任が伴いますね。「優勝したあなた自身がサルサのイメージなのだから、大変だけれども頑張ってくださいね」っていう状況を作りたいと考えています。

あとインストラクターの養成っていうのも重要なミッションなのですが、協会としては、今活動されているインストラクターさん達をランク付けしようとかは考えてないんですね。
なぜなら、今教えている方々っていうのは、もう既に経験があり、経験を基に学んでいらっしゃるし、スタイルがどうとか、コングレスに出たからどうこう・・・ってことではないんです。

私たちは、これから将来インストラクターになる人たちに対して、サルサを教えるにあたっては色んな技術をお伝えする、そういうコースを開催していけたらいいなと考えています。
で、それには現在インストラクターをやっている人たち・・・それは東京だけじゃなく全国の皆さんのそれぞれのスペシャルな部分の力をお借りしたいと思っています。
まずは今まで交流のあった色んな団体とか、地方の団体とか、教室の先生とかにはお声がけをしているところです。

例えばエリック先生(Latin World Production)が関西だったり、ジョナサン先生(Extreme Salsa Entertainment)が静岡だったり、あとフランク先生が仙台で東北サルサコングレスって活動をされたり・・・色々なお友達に声をかけながら活動の輪を広げているところですね。

本当はもっと皆さんに声をかけて、一人ひとりに丁寧に説明をしたいのですが、今は協会を設立したばかりで、やることが本当にたくさんあるので、皆さんに声をかけきれていないっていうのが実情です。なので、今回のあみけんサンのインタビュー記事には期待してます(笑)


---本当にやることがたくさんありますね!
では最後に、皆さんにメッセージをどうぞ。


MIKA:
サルサって、みんなが楽しめる色んな魅力があると思うんです。音楽があって、ダンスがあって、それに付随するラテンの文化があって、すごく深いものだと思うんですよね。そういうものを、もっと皆さんに情報を伝えていけるようにしたいですし、それによってみんなが、もっともっと長〜くサルサを楽しんでくれるといいなって思います。

---ありがとうございました!


【武永実花/プロフィール】
8歳からダンスを始め、1994年から3年連続で全日本選手権大会・アマチュアラテンチャンピオンを獲得。2001年キューバ国立民族舞踊団へ短期留学。2002年六本木にダンススタジオ「カシーノ」を開設。ダンスショーやテレビ(ドラマ、CM、バラエティー番組など)での振り付け、ダンサーとしての出演も多数。2009年9月にNPO法人 日本サルサ協会を設立。
http://www.japan-salsa.org/



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CATEGORY : サルサ人インタビュー
【サルサ人インタビュー】日本サルサ協会 武永実花さん Part.1
DATE : 2009-11-14-Sat  Trackback 0  Comment 0

2009年9月、ついに日本のサルサ界に「日本サルサ協会」が誕生しました。
そして「第1回全日本サルサダンス選手権大会 〜JAPAN CUP 2009〜」が開催されるとのこと。

私が最初に思ったのは「ついにできたか!・・・でも、誰が何のために?」っていう素朴なギモン。
というわけで、今回は日本サルサ協会の理事長である武永実花さんにJAPAN CUPの準備で大変お忙しい中、お時間をいただいてお話を伺ってきました。
ロングインタビューとなったので、全2回に分けてお伝えします。


Part.1:もっとサルサを広めたい!

【amigoken】
---武永実花さん(以下MIKAさん)おひさしぶりです。
このたび日本サルサ協会を設立されたということで、おめでとうございます。


MIKA:
ありがとうございます。よろしくお願いします!


---で、さっそくなんですけど、どういうキッカケで協会を設立することになったのですか?

MIKA:
色んなキッカケがあって、説明が大変なんですが(笑)

まずサルサの普及活動的なところからいうと、サルサ以外の、他のダンスとして認められいてるものって、どこも基本的には協会・組織があるんですね。例えば、タンゴもあるし、フラメンコもあるし・・・ほとんどある中でサルサだけがなかったんですよね。

もちろん協会が存在しなくても、サルサは踊れるし、楽しめるものなのですが、サルサを普及するための活動をするとき、例えば公共のイベントに入りたいとか、学校教育の中に入りたいとかいった場合に、スタジオやプロダクションといった一法人レベルだと、なかなか難しいっていうことがあるんです。

今までTVや雑誌などで、色々サルサっていうのがとりあげられて、お仕事としてお話をいただく機会も多かったのですけど、「サルサの協会ってないんですか?」いう質問も非常に多かったですし、業界全体でまとめて情報発信しているところっていうものがないと、進まない話もたくさんあるんですね。

サルサの情報を外の世界に発信していく上では、サルサ業界内での派閥とかそういうのは関係なく、とりあえずみんなで一致団結して協力しあって、サルサっていうのは、まず定義はこれですよと、その中にスタイルは色々あるけれど、でもいちおう全部サルサですよという風にやっていかないといけない・・・そういう想いからやっぱり協会みたいなのがあった方がいいかなぁと思ったんです。


---それは具体的にはいつ頃からですか?

MIKA:
いざ準備会を立ち上げて活動をやり始めたのは約2年前です。
NPO法人設立の申請を出してから認可がおりるまで1年ぐらいかかりました。
もっと前は、私はひとりの単なるダンサーだったので、正直あんまり経営ってことにも興味がなかったし、業界がどうするってことにも特に興味はなくって(笑)

---そうなんですね!?意外です。

MIKA:
そうそう。ただ自分が踊っていたいっていう意識でしたし、ダンスだけに夢中で、特に不安もなく、楽しいし・・・ただ、不思議には思っていたんですよね。なんでこの業界には何もないのだろうって。
ノールールっていうか、何をやっても良くって、誰がプロになっても良くって、それでいて日本のトッププロと呼ばれるインストラクターたちもクラブレッスンをメインに集客をしてて、価格設定も同じだし・・・っていう。こういう状況にはサルサを広めるためには色々問題もあって、それを良くしていくにはやっぱり協会みたいなのが必要じゃないかなって、そう思いはじめたのも2年前くらいでした。


---協会設立にあたっては、外国の事例とかも参考にしたのですか?

MIKA:
そうですね。アメリカとかヨーロッパの国だと、ヒスパニック系の移民が多いっていう事情もあるので、そこは比べてもしょうがないっていうか、あまり参考にはならなかったんですけど、アジアの場合、韓国も香港も政府観光局がサルサを公認していて、パブリックにPRしてるっていうのはあって、そうなると一般の人たちに対するイメージは変わってくるんですよね。

例えば、空港に着いてすぐに、サルサのイベントのプラカードみたいなのが立っていたり、案内が出ていたりだとかっていうのがあって。そういうのって今の日本ではまだあり得ないですからね。そういう意味で「日本もこうなったらいいのにな」って思いました。
サルサのPRは色々なやり方があると思うんですけど、協会がある = オフィシャルに認められるっていうのが、一般の人たちにとっては、一番わかりやすい方法なんじゃないかなと。


----なるほど。
一方で、協会を設立するとなると責任も伴いますし、ご苦労も多いかと思うのですが?


MIKA:
そうですね〜・・・。でも、何でも初めてのことをするっていうのは大変だと思うんですよ。前例のないことですから。
賛同してくれる人もいる一方で、プロの人たちの中でも責任を持つってことに対して尻込みしちゃう人もいれば、批判する人もいるのは事実です。

ただ、協会の活動をやりはじめてより深く認識できたのは、きちっとしたものを提供していかないといけないっていうプロの中でも認識の違いがあるっていうことがすごくよくわかりましたし、現状を把握できたのはすごくよかったなと思います。
批判的な意見に対しても、そういう意見を把握した上で、逆に自分がダンサーだった経験をもとに、みなさんにうまく説明できて、「〜だから必要なんだよ」ってことを伝えていけたらいいなと思っています。


---他にも協会をつくろうと思った理由ってありますか?

MIKA:
先ほど少し触れましたが、私はサルサを普及させるためにどうしても学校教育の中に入りたかったんですね。それはなぜかというと、HIPHOPにしても、社交ダンスにしてもどのジャンルでも子供の時からスタートできるんですよね。だから良いダンサーが育つ、才能がすぐに見つけられるんです。サルサだと、今は早くても大学生デビューとかじゃないですか。サークルができたのもここ数年のことですし、学校が認めている部活にはなってないですよね。それはなぜかって聞くと、サルサってどうしても夜の世界ってイメージがあるからみたいなんです。

「夜の世界+ペアダンス+バー = 非行の入口」みたいな図式になってて、「とてもじゃないけど、そんなの奨められません!」みたいな。


---ん〜、極端ですけど、なんかわかります(笑)

MIKA:
確かに日本のサルサって、東京の、特に六本木にクラブもインストラクターも集中しているし、そういうイメージがあるんでしょうね。
でも世の中には一生の中で六本木に一度も行かないっていう人もいるでしょうし、あと夜の遊びは全くしたくないっていう人もたくさんいると思うんですね。
学校教育も含めて、私は夜の世界とは別のサルサ、お昼間に普通のエクササイズとしてやるサルサもあるっていうことを伝えていくのも協会の重要な役割だと思っています。

個人的にサルサを学校で教えている方々もいらっしゃるんですけど、そこに至るまでには、そういう人たちの地道なボランティア的な活動があって、認められるまでの大変な苦労があるんですよ。
サルサ自体がもっと一般の人に広がっていれば「あ、サルサですね」って、プロの人たちがボランティア活動をしなくても、最初からちゃんとした仕事としてできる・・・そういう環境をつくっていきたいです。

(続く)
>>> Part.2では日本サルサ協会の具体的な活動について伺いました!


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CATEGORY : サルサ人インタビュー
【サルサ人インタビュー:特別編】NANA @ MUSE LATIN ACADEMY
DATE : 2009-07-27-Mon  Trackback 0  Comment 0
唄って・踊れる、日本サルサ界のSEXY DIVA・・・といえば、思いつくのはやっぱりNANAさん
サルサ・ボーカルとしてのイメージが強い彼女ですが、最近代々木にて新しいコンセプトのサルサダンスレッスンをはじめたというので、体験取材にいってきました☆

【amigoken】
NANAさん、コンニチワ!
イキナリですが、このMUSEラテンアカデミーでは、どんなサルサを教えてるの?


NANA:
今は開講して間もないので、キューバンスタイルの基礎的なコトを教えてます!
今日のレッスンはマンボが中心で。


すごく楽しい雰囲気ですよね。

NANA:でしょ♪。
このMUSEラテンアカデミーのレッスンでは「リズムを感じながら、楽しく踊る」ってトコロに重点をおいて、音楽を聴きつつ、ルーティンも覚えてワイワイ楽しくやってるねん。


MUSEって、もともとは音楽の専門学校ですよね?

NANA:そうそう。
このMUSE音楽院・校長の息子さんがラテン音楽にも明るくてね。
若い人に、もっとラテンをやってほしいって想いがあってスタートしたかんじ。

それで、ピアノ・ベース・パーカッション・トランペット・トロンボーンのプロのミュージシャンたちを講師として集めて、ナイトスクールを開講したの。
で、サルサって音楽だけじゃなくて、ダンスと一緒に楽しむものだからってことで、ワタシもダンス・インストラクターとして参加してるの。


なるほど。
じゃあ、いずれは「ライブを楽しむための、サルサダンス講座」みたいなのもやるとか?


NANA:そういうのもいいよね!
MUSEにはミュージシャンの講師陣がいるわけだし、将来的にはダンス&演奏のアンサンブルレッスンとかもやりたいと思ってます。


ぜひぜひ。楽しみにしてます。
ナイトスクールだと、社会人でも仕事帰りに通えていいですよね。


NANA:場所も山手線の代々木駅の近くやしねー。
みなさん待ってまーす!

▼MUSE★ラテン・アカデミー公式サイト
http://www.muse.ac.jp/night/latin.html

▼動画:NANA サルサダンスクラス


▼動画:小泉哲夫 ラテン・ベース・クラス


▼動画:吉羽一星 パーカッション・クラス


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CATEGORY : サルサ人インタビュー
【サルサ人インタビュー:DJ編】ケンスケ
DATE : 2007-09-09-Sun  Trackback 0  Comment 0
関西で活躍中の若手DJ、ケンスケくんへのインタビューです。
名前がワタシの本名と同じなので、「サルサのDJやってるケンスケくんですよね?」ってたまに間違われます(笑)
年齢も近いしね。DJのケンスケくんは↓こんな人ですよ、みなさん!


--サルサと出会ったのはいつ、どんなきっかけですか?
音楽としてのサルサは2000年、名古屋駅のHMVで、1999年のフランス映画「サルサ!」のサントラ版を購入したのがきっかけです。
ラテンジャズの音を探していて、「サルサ!」のサントラを買ったのですが、その時はサルサというジャンル だとは知りませんでした。


--サルサと出会う前はどういった音楽を聴いていましたか?
ビバップあたりのジャズやボサノバ、ラテンジャズです。
ハウスやヒップホップも長い間踊っていましたのでよく親しんできましたね。


--サルサDJとしての最近の活動内容を教えてください。
最近は京都のCafe Rumbitaです。
金曜や土曜のイベントでロドリゴさんのお手伝いをさせていただいてます。最近出張DJでかなり忙しく活躍されてますからね。


--パーティをやる際のコンセプトを教えてください。
みんなが聞いて分かりやすい曲/知ってる曲で踊れるのが一番楽しいというコンセプトです。日々研究しています。


--今までで一番印象に残ってるイベントを教えてください。
今年、2007年3月に僕と奈良のサルサバンド、「オルケスタ・ノチェ」と一緒にやらせていただいたイベントが印象的です。
いつもはお手伝い的に活動させていただいてますが、その時ばかりはあまりに張り切ってついにDJセットを買ってしまった、というのが一番のエピソードですね。そして、自分の習っているスクールの先生が来て下さったのもすごい嬉しかった思い出があります。


--どのイベントでも「ついつい使ってしまう曲」BEST3を教えてください。
やっぱり分かりやすくてみんな知ってる曲ですよね。
・Grupo Mandinga の "Cuando Te Vea"
・Johnny Ray の "Margarita"
・Spanish Harlem Orchestraの "Bailadores" 

になると思うんですが、すごくベタですよ(笑)。


--自分的に大好きな曲BEST3を教えてください。
僕はパワフルに疾走していくような曲が好みです。悲しみも苦しみも全てパワーに変えて突き抜けて行く感じ…。今の僕の、サルサのイメージです。

・Ray Barretto "Canto Abacua" (2:41過ぎたところから踊れます)
・Bobby Montez "Titoro" (昔ラウンジ系クラブで大受けでした)
・Salsa Swingoza "Oye Lo Que Te Convince"
(大阪のManny Mendezが歌ってます)


--保有CDは何枚くらいありますか?
ま…お手伝いってことで、わずか1000枚くらいです。ほとんどロドリゴさんのリソースです。一度盗まれたことがあって大変でしたよ。


--今後の活動予定を教えてください。
京都へお越しの際は、京都ルンビータ にいらしてください!
今は月1〜2くらいでしてます。


--ご自由にメッセージをどうぞ!
サルサを踊る人の中には、サルサのアルバムCDを持っていないことが多いようですが、他のジャンルのダンス界では【ありえない現象】です。
厳しい話ですが、ビンボー学生達でさえ、ヒップホップが上手くなりたくて必死にお金ためてCD買ってます。「自分のお金できちんと買い(思い入れが出るから)、たくさんの好きな曲に出会う」ことが、本当にダンスも音楽も好きになれる最重要ポイントではないでしょうか。
そしてクラブで聞いて、気になった曲があれば遠慮なんかしないで、どんどんDJに聞くべきです!ネタを披露したくないDJは伸びないし、そんなDJはいませんしね。
どんどんサルサラバーを増やそう!

--ありがとうございました!

【編集後記】
思えば、ケンスケさんと初めて会ったのは、たぶん神戸のサルサパーティだったと思います。
当時はもっと固いイメージというか、マジメなイメージというか、まぁ当時のご職業が聖職系だったのでそういう雰囲気だったのかもしれませんが、今とはだいぶ違う気がします。どんどんサルサにハマっていって、もともとケンスケさんの中にあったラテン的な才能が華開いていった……って感じがしますね。
ダンスもえらく「エロく」(良い意味で!)なっていったように思います。
同世代のサルサ界に熱い想いを寄せる仲間として、より一層ハジけていってほしいヒトです。


▼サルサ人インタビュー・バックナンバー
ミュージシャン:森村 献
ミュージシャン:山田 能史
ミュージシャン:安藤 弘
ミュージシャン:AYA & NON(Japonismo)
DJ:ANGEL
DJ:S@MURAI
DJ:ケンスケ
オーガナイザー:Motoka
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CATEGORY : サルサ人インタビュー
【サルサ人インタビュー:オーガナイザー編】Motoka
DATE : 2007-09-02-Sun  Trackback 0  Comment 0
ひさびさのサルサ人インタビュー復活です!
復活第1弾に登場していただくのは、Ms Projectsで数々のイベントをプロデュースする超やり手オーガナイザーのMotokaさんです!


--サルサと出会ったのはいつ、どんなきっかけですか?

2000年公開のフランス映画『SALSA!』を観て「わぁ〜!これやってみたい。踊ってみたい!」と胸がときめき思わず映画館の座席で踊り出していました。幼い頃、我が家の応接間に父が買ったマラカスとクラーベがありました。ペレス・プラード楽団のLPから流れる"Mambo No,5"に合わせて楽器遊びをしていたことを思い出します。高校生になって親に黙って通ったディスコで一番好きなナンバーはバリー・マニロウの「コパカバーナ」。ラテン音楽に血が騒ぐ性格はいづれサルサに巡り会うことを予感していたのかな?


--オーガナイザーとして活動するようになったきっかけは何ですか?

2004年の早春に当時所属していた横浜のラテンダンスサークルで企画担当をしていた時、あるメンバーさんが瀬田のクラブハウスと鎌倉稲村ガ崎の海沿いレストランPeter'sでサルサパーティをやってみないか?とお話を頂いたのがきっかけです。

その年に大手町サンケイビルの屋外イベントスペースで無料サルサイベントを提案しコーディネイトをしたところ大ヒット!ビジネス街のラテン化にみごと成功しました。この大型イベントで多くのことを学びました。

2005年10月にサルサイベント企画運営チーム:Ms Projectsを立ち上げ様々な会場で個性的な企画内容のイベントを開催し続けています。


--たくさんのイベントを主催してらっしゃいますが、どのようなコンセプトでオーガナイズしていますか?

ひとりでも多くの人たちにサルサの美しさ、楽しさを知ってもらいたい
サルサ普及が第一の主旨です。サルサ人口をもっと増やしたいです。
また「ダンススタイルに壁はなし!」どんなレベルの方でも、どんなサルサスタイルの方でも楽しんで頂けるよう初心者に優しいオールジャンルのイベントを目指しています。

以上のコンセプトに添うような新鮮な会場と斬新な企画の継続を目標に日々アンテナを張り巡らせています。



--起用するDJやインストラクター、パフォーマー、あるいはバンドさんは、どのようにセレクトしていますか?

オールジャンルイベントを展開していきたいので、出演者は偏りなく各スタイルから選出しています。Msのイベントでは2、3人のDJ起用が多いんですよ。時にはパフォーマンスはダンスジャンルを超えてオファーすることもあります。ダンスや音楽に隔たりがあるはずもなく、良いものは良いですからね。


--イベントを企画・運営する際に苦労することやハプニングなど、多々あると思いますが、なにか面白いエピソードがあれば教えてください。

デビューイベント「夕日deサルサ」の時のエピソードです。

海一面を望める最高のロケーションである鎌倉稲村ガ崎のレストランは
残念ながら音響設備が整っていません。そこでスタッフDJがコンポや
PCをご自宅のコンセントから抜いて持参してくれました。
その時の彼の荷物とやらまるで長期の海外旅行に出かけるような大量の
ものでした。何とか無事セッティングし、会もたけなわ頃、家庭用音響
機材はどんどん熱を持って何度も音が中断してしまうんです。
その度冷や汗をかいたものです。現在はある程度の規模に対応する音響機材を用意しました。でも、繋げ方があまりわかっていません。
PA募集中です!


--サルサ以外の趣味や、本業は他にありますか?

趣味は……やっぱりサルサですね。
普段は塾の講師をしています。


--これまでに企画したイベントで、一番印象に残ってるイベントはなんですか?

どのイベントも思い入れがあります。特に苦労しながらもMs Projectsらしい企画と言えば、横浜歴史的建造物BankART・ZAIMを会場としたイベントでしょう。
*BankART・・旧第一銀行(1929年創建)・ZAIM・・旧関東財務局(1928年)

公立系文化施設の職員にサルサを十分理解してもらうには、かなりの時間が掛かりました。また1920年代の石造りの建物は音響がとても難しいのです。BankARTでは音響専門スタッフが試行錯誤のうえ音づくりをしました。

そして両会場共3スペースを借り上げ各スペースごとに特徴を持たせました。例えばサルサオンリーのお部屋、バチャータ、メレンゲのお部屋 etc…インストラクターもパフォーマンスもDJも各スタイルから招聘し、バンドも入りました。(BankARTでは出演者だけでも60人以上。)
お客さまは好きなスペースに自由気ままに行き来ができる回遊型イベントに。また、せっかくの文化発信地での開催ですもの、ZAIMではアートと音像空間のコラボレーションの実現を果たしました。一流のアーティスト集団が支えてくれたのです。

この二つの会場は大反響を得て、たくさんの参加者に恵まれBankART、ZAIMの最大集客記録数を樹立しました。準備から撤収まで本当に大変な作業でしたが横浜ならではの企画で開催できたことを嬉しく思います。


--今後、どのような企画にトライしていきたいと思っていますか?

イベントは毎回「もの創り」と考えています。
同じ企画を続けることは容易いなことですが、飽きっぽいのでしょうか?新しいことをどんどん仕掛けていきたいと思っています。
常々、音楽やダンスの壁は無し!と思ってますので、今年はベリーダンスとストリートとコラボしました。これからも様々なジャンルとフュージョンして行きたいし、アートやビジュアルなものも活発に取り入れたいと考えています。
会場もそうです。例えば「水族館」とか「温泉場」とか「商店街」とか……意外な場所で開催していきたいです。サルサには実現の可能性がありますから。そして、もっとオシャレな人が集うイベントにしたいので、現在Msで人気のメイクやタトゥー、ネイルなどを更に発展させて、ファッショナブルなサルサを提案し続けたいですね。男も女も美しなくっちゃ!


--読者の方に、ご自由にメッセージをどうぞ!

オーガナイザーとしてデビューした当時は、スタッフも3人だけ、機材も家庭用ミニコンポとPC、レッスンも自分たちで、といったあの頃の私たちにできる精一杯の手作りイベントでした。現在のMs Projectsは優秀なスタッフが集まり、サルサ界一流のダンサーやDJやプレイヤー達が出演してくださるようになりました。
私たちが成長できたのは、他ならぬ、参加してくださるサルセーロ、サルセーラが笑顔でサルサの楽しさを外に向けてアピールしてくださるからこそなのです。
私たちはこれからも創意工夫を重ねサルサ普及の旅を続けていきます。
近い将来、サルサがメジャーになるように・・☆どうぞご支援くださいね。
→ Ms Projects 今後の予定はこちらをチェック!


--ありがとうございました!

【編集後記】
初めてMotokaさんとお会いしたのは、2006年夏。ホテル・ニューオータニでMotokaさんが主催したオシャレで完成度の非常に高いプールサイドでのサルサイベントでした。
それ以前にもネットやミクシイなどで、活躍っぷりは拝見していて、東京にはすごいアグレッシブなオーガナイザーがいるんだなぁ……と、当時も今も変わらず尊敬しています。その貢献度はサルサ・クラブシーンにおいて、歴史に名を刻むのは間違いない人だと思います。
Motokaさんはたくさんの人に慕われていて、交友関係が広いので、イベントとともに色んな出会いもプロデュースしていってほしいですね。

▼サルサ人インタビュー・バックナンバー
ミュージシャン:森村 献
ミュージシャン:山田 能史
ミュージシャン:安藤 弘
ミュージシャン:AYA & NON(Japonismo)
DJ:ANGEL
DJ:S@MURAI
オーガナイザー:Motoka
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【サルサ人インタビュー:DJ編】ANGEL
DATE : 2007-05-01-Tue  Trackback 0  Comment 0
※このインタビューは2003年に行ったものです。

--サルサと出会ったのはいつ、どんなきっかけですか?
私は幼少の頃、母とリビングルームで伝統的なキューバ音楽を聞きながら踊りました。(母はキューバ出身)例えば、Celia Cruz, Olga Guillot, Ernesto Lecuona, Orquesta Aragon, Tito Rodriquezのレコードでした。今でもそんな古い音楽が好きですしとても良い思い出になっています。それからもキューバ音楽、ラテンジャズ、そしてサルサを聞いていました。韓国にいた時、友人がMacondoというサルサクラブをオープンしDJとして手伝うことになりそれからサルサに夢中になりました。


--サルサと出会う前はどういった音楽を聴いていましたか?
ジャマイカ生まれなので、よくレゲエを聞いていました。特にYellowman, Toots and The Maytals, Peter Toshが好きです。母がピアニストだった影響でクラシック音楽もよく聞きBeethoven, Bach, Mozartが好きです。ティーンエージャーの頃は、イギリスのThe Cure, New Order, Depeche Modeがお気に入りでした。

--サルサDJとしての最近の活動内容を教えてください。
私はマンボやサルサ、特にOn2のニューヨークスタイルに合うサルサの知識を深めたいと思っています。そしてJUNKTIONをフレッシュで刺激的かつ全てのレベルやスタイルのダンサーが楽しめるスポットであるように努めています。最近、東京で紀平まこもさんの記念パーティーでDJしました。彼女のパーティーでレギュラーでDJするようになって2年になりとても幸せに思います。(毎月第2土曜日)そして嬉しいことに今年2月から第4土曜日に神戸で村田さんのパーティーでもDJしています。そしてもちろんJUNKTION、ちょうど2周年を迎えたところです。木曜日のSam & Dave 5も新しいサルサクラブとして盛り上がるよう頑張っています。それと今まで聞いていなかった音楽を見つけたいと思っています。今のところはTito Curet, Casanovaの曲に興味があります。

--パーティをやる際のコンセプトを教えてください。
私は楽曲を起伏ある構成でプレイするヨーロッパのハウスDJのアイデアが好きで似たテーマやモチーフをもちながらもテンポと”フィーリング”は違う曲を組み合わせてプレイしようとしています。そして朝までみんなが”ダンサーハイ”になっていろんなエモーションを感じ取って欲しいです。それにみんなに個々の楽器を”聞く”そして次の曲の楽器とどのようにマッチするかまたはコントラストしているかが分かるようにDJしたいと思っています。パーティーのコンセプトのために私だけがプレイするユニークな曲とJUNKTIONや他のクラブでよく耳にする曲とのバランスに気をつかっています。そして独自のスタイルを高めて向上し続けたいと考えています。ダンサーが求めるものや新しいサルサを提供することがDJの責任だと思っています。もしみんなが私のイベント(特に JUNKTION)に毎回来てくれてどのパーティーにもバリエーションがあっていつでも初めて聞く曲や聞き覚えのある曲でエキサイトしている言ってくれたらとても満足です。

--今までで一番印象に残ってるイベントを教えてください。
たくさんあります。去年のWest Coast Salsa Congressで1000人ものダンサーの前で30分スピンしたことのは最高に嬉しかったです。その時ミックスの中に私が生活の拠
点にしている日本に敬意を表して日本のバンドSwingozaの曲をプレイしました。(多くのアメリカ人がこの曲について聞いてきて感動しました)つい最近は、JUNKTIIONで誕生日を祝ってもらってとても嬉しかったしもちろん3/29の2周年パーティーは楽しかったです。でもやっぱり山田氏率いるUBが素晴らしいライブを聞かせてくれたあのJUNKTION1周年パーティーが一番感動的でした。大阪にはUBのように実力のあるバンドがいてとてもラッキーだと思います。

--どのイベントでも「ついつい使ってしまう曲」BEST3を教えてください。
私はよくプレイリストを変えますが最近よくかけるBEST3を紹介します。
(全曲SHINE volume 5に収録しています)
1."Ven pa la Loma" / Casanova
トレス(小さなギターのような楽器)ではじまる落ち着いたスローテンポな楽曲。この曲はJUNKTIONの定番になっています。トレスの美しい音色と強いダウンビート(cowbell)はビギナーの人に適しています。タイトルの意味は"Come to the hill"。
2."Nina y Senora" / Jose Alberto
Tito Puenteのヒット曲のリメイクです。これは3年前にリリースされた"Diferente"に収められいてますが最近になって発見した素晴らしい曲。ルンバをベースにトランペットのコンビネーションから勢いのいいマンボに展開されます。タイトルは"Girl and Woman"振られてしまったシンガーはコケティッシュな彼女の事を歌っています。
3."La Musica Es Mi Vida" / Spanish Harlem Orchestra
私のお気に入りのボーカリストの1人、Hernan Oliveraが歌うアップテンポな曲です。個々の楽器を聞き分けてそれぞれがどう融合しているか知るのにとてもいい楽曲
です。ダンサーにとってそれぞれの音を表現するのに最適な曲だと思います。タイトルは"Music is my life"シンガーはラテン音楽を歌う才能があることを神に感謝して
います。これは実際にHernan Oliveraがよく言っている事です。彼は間違いなく才能豊かなシンガーの1人です。

--自分的に大好きな曲BEST3を教えてください。
それは難しい質問です。よく好みの曲が変わるしいろんな理由でお気に入りがたくさんあります。
1."La Bonito Y lo Feo" / Grupo Niche
これはDJとして最初の代表曲みたいなものです。(韓国でよくかけていました)ダンスにはあまり合わない曲ですが、歌詞とブラスセクションが素晴らしいです。今はあまりかけませんが、プレイするといつでも胸を打たれます。
2."Tu Me Perteneces" / Orquesta Libre
この曲はUBがライブでプレイする1曲なのでみんなも知っていると思います。オリジナルはHernan Oliveraの柔らかい声が魅惑的なタッチでうっとりするようなミドルテンポの歌に仕上がっています。これは"You belong to me"、あなたの心を溶かすようなラブソングです。
3."Muneca" / Charlie Palmieri
私はこのピアノプレイが大好きでCharlieとEddie Palmieri(兄弟)の類い希な才能には熱狂します。"Muneca"は"dool"を意味し、この歌にはたくさんのバージョンがありCharlie の天才的なピアノを証明しています。私はこれを聴くとジッとしていられません。

--保有CDは何枚くらいありますか?
DJとしては、少ないと思いますが今は600枚位です。数ヶ月前に盗難にあってしまいその時の半分もまだ買い揃えていません。

--今後の活動予定を教えてください。
時間があればホームページを作ってみんながCDを購入するときの参考になるようにサルサアーティストや曲のインフォメーションを掲載したいと思います。それと最近新しく買ったソフトでリミックスを手掛けてみたいと思っています。あとは大阪、東京の仲間達とNYから大物アーティストのJapanツアーをオーガナイズしたいと考えています。

--ご自由にメッセージをどうぞ!
大阪でサルサに関する活動が出来てとても幸せだと思います。多くの親切な人に感謝しています。そして他のDJ、インストラクター、ミュージシャンと共に大阪がインターナショナルなサルサシーンに発展するように目指したいと思っています。大阪のサルサにはとてもいい長所があると思います。ただ男性のダンサーが少ないのが残念です。もし大阪にもっとサルサラバーが増えれば(特に男性)盛り上がるでしょう。

そしてみんなにいつも聞いて踊っているミュージシャンについて知ることをお勧めします。言葉の壁はあるけれど自分の好きな曲はどういう詩なのかわかればダンスにも表れてくると思います。手始めに、CDジャケットを調べてミュージシャンやボーカリストを知りましょう。Mark Anthony とHernan Oliveraの違いがわかりますか?Son by FourやGrupo GaleまたはOrquesta Libreの違いを知ってますか?違いを知っていくといろんな方法で自分を表現するようになると思いますし素晴らしい音楽と共
に成長できると思います。サルサについて学ぶことは無限にあります。

amigoken君のHPに関西のサルサ情報を掲載してくれていることを感謝しています。大阪はこのHPがあってラッキーです。

--ありがとうございました!

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【サルサ人インタビュー:DJ編】S@MURAI
DATE : 2007-05-01-Tue  Trackback 0  Comment 0
※このインタビューは2003年に行ったものです。


--サルサと出会ったのはいつ、どんなきっかけですか?
高校2年生の時、ファニアオールスターズの来日公演に行ったバンド仲間から衝撃的な話を聞かされ、サルサというジャンルの音楽を聞かされた。今となっては、これが小生のサルサとの出会いと言えなくもないが、当時自分はジャズギタリストを目指そうとJAZZを聴きまくっていたので、サルサは一瞬の出来事で終わった。その後オルケスタ・デ・ラ・ルスが国連平和賞や第35回日本レコード大賞特別賞、国民栄誉賞等を取るまで、サルサに触れることは殆ど無かった。 NHK紅白対抗歌合戦に出場した彼らをTVで観て「カッコイイ」と素直に感じたのを覚えている。

時は流れ、1997年2月に(株)ヒップランドミュージックコーポレーション渡部洋二郎(George Watabe)と仕事で出会い、半年ほど経てサルサの世界に誘われた。当時は本業が超多忙で、Georgeの様々なアプローチを殆ど断らざるを得ない状況であったが、1年程して時間にも余裕が出来、青山「共存」での初心者レッスンを体験。皆が出来る簡単なステップを自分だけが出来なかった「屈辱」が、その日の帰りに全ての教則ビデオを買わせ、その日からサルハマ街道まっしぐらとさせることになった。1998年6月25日のことであった。

--サルサと出会う前はどういった音楽を聴いていましたか?
・直前はJazz、Fusion、Soul、R&B、Club/Dance、Anbience、World(Brazilが主)
・音楽の変遷は、Classic→GS→映画音楽→日本のフォーク→British Rock→日本のロック(Pops) →Fusion→Jazz→Soul/Disco→Rap→House→Hiphop→Club/Dance→Lonnge系→Ambience系 →World→etc…

--サルサDJとしての最近の活動内容を教えてください。
・SALSA LIBRE EN VELFARRE @六本木 VELFARRE<月1回レギュラー>
・SALSA SUNDAY @竹芝 TWO-FACE<月1〜2回レギュラー・2003.2.2で終了>
・TUESDAY SALSA @銀座 CLUB MONTE CARLO<隔週レギュラー>
・六本木TROPICANA 定例PARTY<月1回レギュラー>
・THE SALSA DAY
・JAPAN SALSA CONGRESS

--パーティをやる際のコンセプトを教えてください。
パーティによって異なるけれど、基本的に箱のコンセプト、主催者のコンセプト、その時のフロアの状況を把握して選曲すること。決して独り善がりにならないこと。但し「S@MURAIらしさ」「S@MURAIならでは感」を失わないことも大切にしている。旬な曲をメインにプレイしつつも、サルサ初心者や、踊らない人も飽きさせないように、「カバーもの」「和もの」等、意外な曲も盛り込む。また、「この曲何?」と聞かれることに喜びを感じる。SALSA / ROLANDO SANCHEZ & SALSA HAWAIIは、昨年最も問い合わせが多かった樂曲で、CDの売上にずいぶん貢献したと思う。

--今までで一番印象に残ってるイベントを教えてください。
第1回「SALSA LIBRE EN VELFARRE」で1200人を躍らせ感無量だった!!

--どのイベントでも「ついつい使ってしまう曲」BEST3を教えてください。
最近は以下。
1.MISTY / LOS DOCTORES DEL RITOMO
2.CASTIGANDO / JORGE HERRERA
3.TAMBORI / THE SPANISH HARLEM ORCHESTRA

--自分的に大好きな曲BEST3を教えてください。
1.FANTASY / LA RODVEN MACHINE ORCHESTRA
2.SALSA / ROLANDO SANCHEZ & SALSA HAWAII
3.“EL PITO”ASI SE GOZA / ISIDRO INFANTE

--保有CDは何枚くらいありますか?
数えたことが無いから正確には分からないが、SALSA以外も含め2000枚位はあると思う。

--今後の活動予定を教えてください。
SALSAに関しては、上記「最近の活動」は基本的に継続予定。なお、銀座 CLUB MONTE CARLO 閉店に伴いTUESDAY SALSAは6月から六本木「XEX」に移転することに。
またSALSA以外では、暫くお休みしていた、山田峰夫と共催のSWING DANCE イベント「SOULBALLROOM」を復活させたいと思っている。日本では未だ馴染が薄いけど、WEST COAST SWING は超カッコイイよ!

--ご自由にメッセージをどうぞ!
この度は、AMIGOKEN.COM「SALSA DJ INTERVIEW」にお招き頂き有難う!超光栄っす!
実はかつて(1982〜1987)関西に住んでいたことがあり、特に神戸・大阪は思い出深い地。
残念ながらそのころはまだSALSAに出会っていなかったが、機会あれば是非SALSA DJとして関西を訪ねてみたい。
ところで、NYやLAのCLUBでは、チャチャチャがかなり多くプレイされていると聞く。日本では踊れる人が少ないのか、教える人がいないのか、チャチャチャをかけるとフロアが寂しくなってしまう。S@MURAIとしては常々、クールなチャチャチャをもっと知ってもらいたいと思っている。チャチャチャを踊る人が増えてくれることを願う今日この頃。LET'S TRY CHA CHA CHA!
 
--ありがとうございました!

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【サルサ人インタビュー:番外編】鍼灸師になったllamadaさん
DATE : 2007-04-30-Mon  Trackback 0  Comment 0

第1回のサルサ人インタビューに登場していただいた
JAPONISMOのベーシストで、リーダーのllamada(山田)さんが、
鍼灸師の国家試験に合格されました♪(パチパチ)

…というわけで、さっそく治療を受けてきました!
場所は難波のイスラ・ボニータが入っているビルの5Fです。
llamadaさんの自宅も兼ねる治療所を訪ねると、すっかり
鍼灸師の風体になったllamadaさんが出迎えてくれました。

治療室の中にはベースがズラリ…
僕は日頃のデスクワークで蓄積した眼精疲労を中心に、
全身の鍼治療と指圧を受けてきました。

ちなみに、僕はチョット気孔術ができるのですが、
サルサとかで相手に触れると、相手のグルーヴ(=気)が
GoodなグルーヴかBadなグルーヴかがなんとなくわかるんですね。
llamadaさんは間違いなくGoodなグルーヴな持ち主であることが、
指圧のファーストタッチでわかりました。
やっぱり音楽をやっている人なので、リズム感とかバイブスみたいな
ものがグルーヴ(=気)と通じるものがあるんでしょうねえ。

ってなわけで、安心しておまかせ。
あーすっきり☆
鍼治療は初体験だったんですが、全然痛くないし、なんとなく針を刺した穴から悪いグルーヴが抜けていったような感じがして、頭と目の下のクマの部分がスッキリ!

サルサで踊り疲れた時や、フツーに仕事で疲れた時など、
llamadaさん宅を訪ねてみてみて。

Isla Bonitaはこちら
llamadaさんのサルサインタビューはこちら
大阪サルサスポットはこちら

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【サルサ人インタビュー:ミュージシャン編】AYA & NON
DATE : 2006-08-27-Sun  Trackback 0  Comment 0

今回は初女性ゲスト!!
現在大阪で活躍しまくり中のバンド、"ハポニスモ"のフロントメンバーであるNONちゃんとAYAちゃんに話を伺いました〜。



【あ】はい、自己紹介をどうぞ!

 ハポニスモのVocalのNONと、同じくVocalのAYAです♪


【あ】お二人のサルサとの出会いはいつ、どのようなきっかけで?

(N)「昔は、レゲエにはまってたのですが、たまたま入った店でサルサがかかっていて、それがすごく気になったというのがサルサとの出会いです。それ以来サルサに魅了され続けてます」

(A)「大学生の頃に急にうずうずと踊りたくなって、パーティーを探したんですが、友人を誘っても一緒に来てくれなかったので、仕方なく一人で踊りに行ったのがきっかけ。最初は緊張したけど、最後の方は酔いもまわって踊りまくってました(笑)。」


【あ】本格的にサルサにハマったのはいつ頃ですか?

(A)「本格的にハマリだしたのは今から3年前です。就職活動を機に一度サルサをお休みしていたのですが、仕事も落ち着いてきて時間に余裕が出てきたのでストレス発散のつもりでまた再開したら中毒のようになりましたね〜。でも、やっぱりJAPONISMOのバンドに入った時期からは自分達で音を作っていくという楽しさがあり、それ以前の頃よりも倍サルサを堪能してます!」
  
(N)「私は、え〜と、おそらく7、8年前です。」


【あ】師とあおぐ人、影響を受けたミュージシャンは誰ですか?

(N&A)「バンドリーダーの山田さんです。ハポニスモはオリジナルの曲を主に演奏しているのですが、全て山田さんが作ったものです。あと、アレンジなんかもそうですね。」

(N)「影響を受けたミュージシャンというか大好きなバンドなのが、KLIMAXです。とてもドラマティックでメロディアスな曲が素敵!」

(A)「私が好きなバンドはCHARANGA HABANERAです。様々なジャンルを取り入れたアレンジが面白くて好きです。それと、エネルギッシュでエロいダンスが最高!」


【あ】では、仲間としてよく一緒に活動する人や所属バンドについて紹介してください。
(A&N)「JAPONISMO(ハポニスモ)。他にも、ベロニカでは塩澤さんやNANAさんのコーラスでご一緒させてもらったりしてます。」


【あ】今までの活動の中で、最も印象に残っているイベントは何ですか?

(N)「JAPONISMOで活動したばかりの頃、エキスポのプールサイドでの演奏で汗だくになり、その日着てた白い服の胸の先端2ヶ所だけ汗で丸くにじんでいて、終わった後山田さんに指摘されて倒れそうになりました。大分恥ずかしかったです。」

(A)「あ〜、そんなことあったな(笑)あれはかなり笑えた。私はやっぱ一番最初のライブかな。も〜ほんまにあの時は緊張しました!お腹も大分痛かったし。(っていっても、お腹弱いのでほとんどのライブ前にはいつもお腹痛くなってますが)
 いつまでもあの頃の新鮮でピュアな気持ちを忘れないようにと、その日に録音した音源は今でも自分への戒めの為に残してあります。」


【あ】今後の活動方針や、イベントの告知などご自由にどうぞ!

(N)「今後の活動方針・・・・、海外行けたらいいですね〜!」
詳しくはコチラのHPでチェックして下さい。
http://www.k4.dion.ne.jp/~isla/


【あ】どうもありがとう!

(N)「AMIKENさん、東京でもサルサを盛り上げて下さい!JAPONISMOも東京でLIVE出来るように頑張ります!」

(A)「これからも仲良くしてくださいね!またAMIKENさんのイベント是非して下さ〜い」
以上


【編集後記】
いや〜、でましたねチョイエロ話(笑)
この二人、llamadaさんとしゃべってる時はもっと下ネタ全開らしいですよ・・・まあ、アイドル路線ばりに美しいビジュアルと、そういうくだけた部分の両面があって、親近感があっていいですよね! 最近はライブ中のMCもだんだん板についてきたので、もっともっとエロ話を炸裂してほしいものです!

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【サルサ人インタビュー:ミュージシャン編】 森村 献
DATE : 2006-08-27-Sun  Trackback 0  Comment 0

今回のサルサインタビューに登場していただくのは、なんと!あのオルケスタ・デル・ソルのメンバーであり、熱帯ジャズ楽団をはじめ、多方面でご活躍中のラテン音楽界にはなくてはならない存在:森村 献さんです!


【あ】サルサとの出会いはいつ、どのようなきっかけでしたか?

79年。ペッカーやゲタ夫達とのデスカルガを通じて。


【あ】本格的にサルサにハマったのはいつ頃ですか?

その後すぐですね。
詳しくは、私のプロフィールのページにて。


【あ】師とあおぐ人、影響を受けたミュージシャンは誰ですか?

Eddie Palmieri, Papo Lucca, Ruben Gonzalez,


【あ】では、仲間としてよく一緒に活動する人や所属バンドについて紹介してください。

Orquesta Del Sol(なんといってもNo.1サルサバンドだと思っている)
熱帯ジャズ楽団(フルバンドのラテンを存分に堪能できる)
Combonitos(ダンソンやチャチャチャを楽しめる癒し系、女性ファンが多い)


【あ】今までの活動の中で、最も印象に残っているイベントは何ですか?

1999年の日本のサルサオールスターズでのハバナ公演。超満員の5000人ほどの観衆がスタンディング・オベーションです。
あの時の感動は一生忘れられません。


【あ】今後の活動方針や、イベントの告知などご自由にどうぞ!

Official Home Page: http://www.clave.gr.jp/ken/
live info. を是非ご覧ください。



【編集後記】
森村献さんは、サルサやラテン音楽を普及するパワーが日本一ある人なんじゃないでしょうか。小野正利やSMAP、MISIA、氷川きよし…などなど多ジャンルなアーティストの楽曲・編曲を担当し、テレビやラジオでラテンフレーバーの音楽が私たちの耳に日常的に入ってきているのは、森村さんのパワーがあってこそだと思います。
さらに、「Tokyo Salsa Festival」で音楽監督を務められる他、国内〜海外まで精力的にライブ活動を行い、日本のラテン音楽を底辺から盛り上げている原動力だと思います。

私は2006年の7月に大阪のロイヤルホースで行われたNoraさんのライブで初めてお話をさせてもらいました。緊張してあまりお話できなかったですけど…、それがきっかけでこうしてインタビューもできましたし、マイミクにもなっていただきました。
森村さんは、オフィシャルサイトはもちろんのこと、ミクシイの方でも精力的に情報を発信されているので、興味のある人はぜひ検索してみてください!

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